横顔

わたしたち、もっと、わかりあえたね

煙になった姿を見上げて思う。お焼香の匂いが制服に張り付いている。きみがすきだったもの、わたしそんなに知らない。きらいなものの話しかしなかった。きみは嫌っていたけど制服のワイシャツはよく似合っていたよ。薄っぺらい肩が透けて見えて、半袖から伸びる腕の血管の生々しさを、よく覚えている。でもいつか忘れるよ。しょうがないよね。組み敷かれた重みはあっけなく灰になって、わたしの手元には残らない。きみは男らしさとか女らしさとかいう言葉を嫌っていたけれど、髪をすくわれて、腿を撫でられて、下半身が熱くなったわたしは、そのとき、女であると確かに思った。踏みにじられるように思い知らされた。わたしはきみのことなんにもわからないと思った。考えてること、仕草、むかしのこと。でも、もう限界だっただろうきみのこと、きみのしたこと、なにも残さなかったことを思うと

わたしたち、もっと、わかりあえたね、ってきみの嫌いそうな言葉を、ほんきで思って、きみを死姦する。

裸の爪

なにも

書けないのに

なにかを書きたがっている


しねばいいのに、と繰り返すたびに

なにかが本当に死んでしまった


変わらないでいてね、そのままでいてね

過去を撫でつけて爪をたてる

むかしの匂いが消えていく

信号機が変わる

踏切の音が鳴る

曇り空は青みがかったグレーだった

そんな記憶はあったっけ?


なにかを殺して、生まれてくるものを

祝福するくらいの図太さと覚悟が

わたしにはある


許されるために書いてるんじゃない


柔らかなナイフ

死にたいあの子がもう死にたくなくても

一緒にいてくれたあの人がもう一緒にいなくても

それはきみだけのものだから、誰にも汚されることはない

きみはもう二度とひとりにはなることはないだろう

特別な時間をきみだけのものにしていいよ

世界にきみには届かない何かが拡散して膨張して、いつかインターネットは破裂する

わかってもらうことだけが救いじゃないし

あのとき言われた無責任な生きてよりも、あのとき食べたアイスクリームの味の方がよっぽど鮮明で

飲み込んだ言葉たちは死んでしまったのだろうか

あの子もあの人も二度と死ぬことはありません

ずっと光っています

ずっと光っています

誰にも届かない場所で

インターネットで探しても見つからない場所で


陽が落ちてくるのを、肌で感じる。畳に頰をつけて1日寝そべっているので、あとが付いて痛い。だらしなく伸ばした腕に射していた光が消えて暗くなっていく。痣が見えなくなっていく。紫色のそれが薄くなっていくと、もうわたしに興味なくなったのかなと不安になってしまう。だからわざと他の男と寝たり、豪勢に金を使ったり、嘘をついたりする。わたしは、精神的に超処女だと思う。こんな話はありふれていると、誰も聞いてくれなくなった。こんな話が蔓延してるとか、終わってるじゃんっていう声も、どこにも届かず喉の奥に沈んでしまう。わたしの腹のなかと、今日の夜はどちらが暗いだろう。わたしは自分の骨を見たことがない。だから自分が本当に人間のかたちをしているのか不安になる。正しくありたい。自分の骨すら見たことないのに、どうして自分の正しさを盲目的に信じていられるのだろう。でもあの人はこんな話は気持ち悪いというだろう。だから、今日の晩ご飯の話にすり替える。わたしは、どうか、自分の骨が、人間のかたちをしていますようにと、祈らずに眠れる夜がほしい。

きみへ

助けてください、と書かれたノートの切れ端がぼくの机に入っていた。細く弱々しい字は読むだけで、ぽきりと折れてしまいそうな気がして恐ろしかった。なんだか、こちらまで心細くなってきた。だれが入れたのだろう。昼休みの騒がしい教室を細目で見渡す。女子は小さな輪を、それぞれ作って、目配せし合いながら笑っている。男子は教室なのにサッカーボールを蹴っていたり、机にどかりと座って、喉の奥が見えることを恐れもせず笑っていたりする。突然、なにかが背中にぶつかってきた衝撃ですこしよろける。大きな笑い声とひとりでいるぼくを罵る声が耳に響いた。サッカーボールが足元に転がる。五年生になって、声が出しにくくなって、関節が痛むようになった。それがなんだっていうんだと思う。こんな惨めなまま大人になっていくのなら、今すぐ消滅したかった。メモをポケットの底に押し込む。きみもどこかでぼくを見ているんだろう。なんの救いもない世界で、助けてくださいとぼくに言った誰かがいる。どうかきみが汚れた明日を迎えられることを切に願う。

ワンピース着て中指たてて

可愛くないと許されない気がする。

可愛くないから許されていない気がする。

着れない洋服できない化粧いけない場所。

気持ち悪いほど女の子に執着する日々がいつか燃えて消えればいい。

SNSで見かける安易な全肯定にも自分は当てはまらない気がする。

自分だけは自分を許してあげたい。だれに許されてなくても。

だれに抱きしめられても自分の許さない部分は剥がれないし、だれに憎まれても自分の大切なものは奪われない。

だいじょうぶな夜がはやくくればいい。

他人の幸福を暴力に感じる自分はおかしいのかもしれない。傷ついて傷ついてそれでも欲しいものがほんとうに欲しいものだと思ってもいいですか。手に入らなくても。無傷のままほしいものが手に入れられるなんて最初から思ってなかった。他人から否定される気持ち、誰にも言えない気持ち、自分だけは大切にしてあげないと、なかったことになってしまう。わたしの気持ちは、他人にも自分にも殺されて、かわいそう。せめて墓を作りたい。きみの気持ちは元気?


女の子の裏垢がいちばん文学だと、わたしは思う。



わたしは。